大阪社保協通信   1200号 2019.1.15

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岡山市・浅田訴訟が高裁で勝訴〜その意味と意義について、きょうされん大阪支部・雨田事務局長に解説していただきました。

介護保険優先原則・浅田訴訟について

きょうされん大阪支部 雨田信幸

<はじめに>

 20181213日、介護保険優先原則(いわゆる65歳問題)を理由にした障害福祉サービスの打ち切り問題で岡山市と争っていた浅田達雄さんの控訴審判決公判が、広島高裁岡山支部で下されました。地裁判決を踏まえた原告の全面勝訴。岡山市長が上告しないことを市議会で表明し、判決が確定しました。優先原則に係る問題は自治体キャラバンの中でも取り上げてきたことですが、この判決は今後全国の自治体でのサービス提供に一定の影響を与えていくと思います。そこで、提訴に至る経過・争点・判決の内容等についてまとめます。

<提訴に至る経過>

 

※重度訪問介護…重度の肢体不自由・知的障害・精神障害等があり常に介護を必要とする方に対して、家事、生活等に関する相談や助言など、生活全般にわたる援助や移動中の介護を総合的に行うもの。

 

 原告の浅田達雄さん(岡山市在住)は、重度の身体障害と言語障害がある方です。日常生活を支えるためにはヘルパーなどの支援が不可欠ですが、本人の希望で若い頃から障害福祉制度を活用し地域での自立生活を送っていました。

 201211月、浅田さんは、その翌年の2月に65歳を迎えるという時点で介護保険への申請と制度移行を打診されました。移行後のおおよその自己負担額を聞いた浅田さんは「これでは生活ができなくなる」と驚き、地元の障害者団体とともに行政と何度も話し合いを重ねましたが、結論を得ぬまま誕生日を迎えることとなりました(介護保険は未申請)。

すると岡山市は、浅田さんに対して「介護給付費等不支給(却下)決定通知」を出し、誕生日前日より浅田さんに対するサービスの支給(月249時間の重度訪問介護)をすべて打ち切りました。浅田さんは、人権無視の非道なやり方にすぐに抗議を行いましたが、決定が覆えることはありませんでした。

浅田さんはボランティアの力を借りながら、ぎりぎりの生活を維持しましたが、公的な支援がない生活には限界があります。そのため、不本意ながら、介護保険申請を行い同制度のサービス支給を受けざるを得ませんでした。

現在、障害福祉制度・介護保険制度等を利用するには、自らがこの意向を自治体に申し出る申請主義が基本となっています。浅田さんからすれば、介護保険への申請は主体的な選択ではありませんでした。人権を無視した制度移行の強制に他なりません。さらに、2011年に国(厚生労働省)が障害者自立法違憲訴訟団と締結した「基本合意」を考えても、岡山市の決定には到底納得がいきませんでした。

そこで、支援者や弁護士らとともに不服審査請求や学習会を重ねて、2013919日岡山市長を提訴、@決定の取消しA月249時間の介護給付費支給決定B損害賠償金209万4037円の支払いをもとめたのです。浅田さんは提訴にあたり、「人間として生きる権利を否定された。障害者に対する差別は絶対許したくない」と、自らの思いを語っていました。

 

※「基本合意」では「国(厚生労働省)は、速やかに応益負担(定率負担)制度を廃止し、遅くとも平成258月までに、障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を実施する。」ことが確約され、「国(厚生労働省)は、障害者自立支援法を、立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行するとともに、応益負担(定率負担)の導入等を行ったことにより、障害者、家族、関係者に対する多大な混乱と生活への悪影響を招き、障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに対し、原告らをはじめとする障害者及びその家族に心から反省の意を表明するとともに、この反省を踏まえ、今後の施策の立案・実施に当たる。」と明記されています。浅田さんには、介護保険制度への移行に伴う1割負担が発生は、「基本合意」に反するという強い思いがありました。

 

<争点>

 第1回口頭弁論で原告代理人から、「@障害福祉の実態を明らかにするA岡山市の非人道的態度を問う」と裁判の意義が2点あげられ、具体的に岡山市決定内容に関する違法性・違憲性についていくつかの争点が提起されました。

障害者総合支援法第7条(資料1)では、「障害福祉から介護保険に移行する時には、国や自治体が障害福祉制度の自立支援給付に「相当する」と定めている介護保険給付を優先する」旨を定めています。しかし、一方で国は、「適切な支援を受けることが可能か否か等、必要に応じて適切に支給決定すること」等を定めた事務連絡(適用関係通知)も発出しています。介護保険給付の優先は絶対的なものではなく、サービスごとに介護保険制度を優先するか否かを決定する一定の裁量権が自治体に認めていることは、この通知からも明らかです。

 

【資料1】障害者総合支援法第七条(他の法令による給付との調整) 

自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規定による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受けることができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない。

 

しかし、岡山市の弁護団は、浅田さんの心身の状態及び取り巻く環境に変化がないこと、重度訪問介護と介護保険サービスは必ずしも相当しないこと、引き続き自立支援給付を希望していることなどを十分に考慮すべきことは明らかだったにも関わらず、65才ということだけを必要以上に強調。障害福祉サービスの打ち切りは自治体の自由裁量で決定できる裁量処分ではなく、障害者総合支援法第7条に基づく羈束(きそく)処分である」、「あくまで介護保険を使うことが前提であり、障害福祉サービスの打ち切りには問題がない」と主張しました。

 

※自立支援給付と介護保険制度との適用関係通知(抜粋)

(障害者が)その心身の状況やサービス利用を必要とする理由は多様であり、〜中略〜、一概に判断することは困難であることから、障害福祉サービスの種類や利用者の状況に応じて当該サービスに相当する介護保険サービスを特定し、一律に当該介護保険サービスを優先的に利用するものとはしないこととする。

 

 

浅田さんの裁判が始まったことで、全国各地から「サービスを打ち切られた」という声が上がりマスコミ等で多数取り上げられるとともに、千葉市において、同様の裁判が始まりました(天海訴訟)。こうした事態を受けてか、厚労省は自治体の運用に関する調査(H26・8月)や介護保険移行に伴う利用者負担に関する調査(H27・7月)を行う等、実態の把握を行うようになりました。これらの調査の結果で明らかになったのは、介護保険制度の対象となり同制度への申請をしなくても、障害福祉サービスを打ち切る自治体は64%しかないこと、介護保険制度の移行によって生じる非課税世帯の障害者の費用負担はかなり重いという事実でした。

また、岡山地裁 第18回口頭弁論(20161012日)に行われた証人尋問では、当時の中区福祉事務所長は、「浅田さんの生活への影響については,支援団体が支援をしており、必要最低限の支援までも失われるとは思わなかった」と証言。自治体職員が、社会保障に係る公的責任を十分に理解せず、市民の助け合いで支援ができるという考えのもとに、支援の打ち切りを決定していたことが明らかになりました。

浅田さんの地裁訴訟では途中裁判長が変わるなどが様々な変遷を経ましたが、これらの事実が重要な判断要素となり2018314日に完全勝利、911日の高裁でもたった一度の審議で、原告の勝利が確定しました。

<判決の内容>

 岡山地裁判決は、@岡山市の処分取消A不足部分の96時間(従前の249時間−変更。処分153時間)の介護給付費支給決定の義務付けB慰謝料100万円+5か月の介護保険自己負担部分75000円の計107万5000円の損害賠償を認める」という内容でした。

 広島高裁岡山支部判決では、「控訴を棄却し控訴費用は控訴人の負担とする」として地裁判決を支持しました。また地裁の判決では不明確であった第7条問題に踏み込み、障害福祉サービスの支給決定のあり方から不支給決定も覊束処分ではなく裁量処分としました。さらに、第7条は障害福祉サービスを利用していた障害者が介護保険サービスの利用を申請した場合に生じうる二重給付を避けるための調整規定であり、介護保険制度に申請していない場合、この調整規定は採用されないこと。同制度への不申請は障害福祉サービスの打ち切りの理由にならないことを明文化し、岡山市の判断は裁量権の逸脱であるとしました。

さらに、岡山地裁と広島高裁の判決ともに、介護保険制度への制度移行によって発生する自己負担を問題視していること、適用関係通知における「一律に介護保険給付を優先的に利用するものとはしないこととしていること」、障害者自立支援法違憲訴訟(20081031日提訴。14地裁71人の原告。20104月に和解)において結ばれた「基本合意文書において自立支援法7条の介護保険優先原則の廃止を検討することを約束したこと」などへの言及もあり、積極的な内容を持っているものでした。

 判決を受けて、浅田さんは、「65歳以上になってもこれまでと変わらずに僕の人間として生きる権利と65歳に関係なく、平等な介護が保障され、僕の尊厳が回復してとてもうれしいです。この喜びは、人間らしく生きたいと思う願いを弁護団の先生、支援する会のみなさん、全国で支援してくださった方々の支えもらったお蔭です」と喜びをかみしめていました。

<今後について>

 浅田さんの6年に渡る闘いは終了しましたが、今後判決の確定を受けて国がどのような措置をとるのか注目されます。

現在のところ、例えば総合支援法第7条の廃止や新たな事務連絡等を出す動きは見えません。また自治体においては、現在も含めきちんとした支給決定実務が行われるか不安です。自治体キャラバンにおいて明らかになってきている優先原則に付随する障害福祉サービス上乗せ基準(介護保険を利用してなおかつサービスが足りない場合の支給に関する独自基準)をもつ自治体も多く存在しています。

 社会保障制度全般の見直しが進められる中、介護保険の更なる改悪も検討されており、その中に障害者福祉を包含していく危険性もあると思われます。

 この闘いの成果を地域で共有しながら大きな運動につなげていきたいと思います。

 

自立支援介護研究会・第一回公開学習会のご案内

 介護保険総合事業で、あたかも「介護保険からの卒業(介護保険サービスからの排除)=自立」という誤った考え方が広がっています。その最たるものが、大東市であることは、みなさんご存知のとおりです。

 大阪社保協では、201711月の大東市現地調査の取り組みなどをまとめ、20184月には「介護保険『卒業』がもたらす悲劇」として本を出版し広く警鐘を鳴らすとともに、2018年度の自治体キャラバン行動では、大阪府と大阪府内全市町村に対して、この本を贈呈しました。

 さらに、高齢者・障害者にとっての「自立」とはなにか、「自立支援介護」とは何かを学び、そして広く政策提言をしていくために、「自立支援介護研究会」を立ち上げることとしました。

 第一回研究会は、公開とし、広く参加を呼びかけたいと思います。関心のある方、ぜひ、ご参加ください。

 ★日時  2019125()19時〜21

 ★会場  大阪民医連会議室

 ★チューター 新井康友・佛教大学准教授・大阪社保協介護保険対策委員

 ★参加費 無料

 ★参加申込  資料印刷の関係上、メールまたはfaxで申し込みください。